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東京都品川区の小児科医区議会議員が、小児科外来最前線からみた品川の小児医療、子育て支援について語ります。
 11月5日(月)から、品川区議会決算特別委員会が始まります。今回、私は各議員のご推挙によって、委員長を務めることになりました。決算特別委員会は朝10時から夜6時まで、1時間の昼食をはさんで、区の予算執行状況について、審議を行う重要な会議です。微力ですが、品川区の区民のために頑張ります。クリニックは、岩崎先生、鬼塚先生、木村先生にお願いしました。こちらもよろしくお願いいたします。

 鳥取のホテルに宿泊した後、9月6日(木)はまず鳥取県庁を訪問し、鳥取県の子育て支援施策について、お話を伺いました。



 鳥取県の子育て支援を担当する子育て応援課は、子育て王国推進担当、母子保健担当、保育・幼児教育担当に分かれて、活動しているのだそうです。

 鳥取県が子育て支援施策に熱心に取り組むようになったのは、将来人口推計で鳥取県が極端な過疎、人口減少、多くの消滅可能都市を抱えるという最悪の予想が出たためでした。

 そのため、平成19年に平井現知事が鳥取県知事に当選すると、さまざまな地域振興施策が積極的に展開されるようになりました。

 平成22年に「子育て王国とっとり」の建国宣言があり、第3子以降の保育料の無料化、第2子の保育料一部無料化、中山間部の保育料軽減、在宅育児世帯への現金給付、医療費高校まで無料化などが矢継ぎ早に実施され、低下し続けていた合計特殊出生率が、平成20年以降、上昇に転じたそうです。

 その子育て支援施策の一つとして、豊かな自然を生かした、森のようちえんの展開があるそうです。森のようちえんとは、1950年代にデンマークで始まった、森林の中で子どもを自由に活動させるという野外保育で、ドイツなどでは盛んに行われているようです。日本でも、2005年に「森のようちえん全国フォーラム」が開催され、2008年に「森のようちえん全国ネットワーク」という組織が設立されたそうです。

 鳥取県は、子育て家庭支援と県への移住定住促進のため、「とっとり森・里山等自然保育認証制度」を制定し、森のようちえんを認証し、援助を始めました。現在7園が認証され、活動中だそうです。さらに、既存の保育所でも、鳥取県の豊かな自然を活用し、積極的に自然体験活動を行う園に対し、自然保育認証園制度を作り、支援を行っています。こちらは現在18園が認証されているそうです。

 一通り、質疑応答が終わったところで、市内浜坂の柳茶屋キャンプ場で自然保育を行っている、NPO鳥取・森のようちえん 「風りんりん」に視察に行きました。



 キャンプ場に行くと、20人ぐらいの園児が4~5人の大人の方と食事を作っているところでした。まず、風りんりんの徳本敦子代表から、風りんりんの活動について、お話を伺いました。

 風りんりんは園舎はなく、毎日野外に出て、遊んだり、食事を作ったりしているそうです。
 子どもに好きな行動をさせて、大人は見守るだけ。危ない、汚い、だめ、早く、はいわない。子どもに教えない。子どもの気持ちは受けとめるが、行動は受けとめない。これが、風りんりんの保育方針なのだそうです。

 ちょうど食事の準備中でしたが、子どもたちはナイフを使ったり、マッチを使って火を起こしたりしていました。子どもたちはみな生き生きと動き回っていました。
 鳥取県の森のようちえんには、県外からの入園希望者も多いということでした。





  キャンプ場で、視察団は解散式を行いました。これで今期の行政視察は終了したので、私はそのまま、鳥取駅からスーパーはくとに乗り、姫路駅でのぞみに乗り継いで、東京へ戻りました。

 兵庫県庁前から神戸市営地下鉄、阪急神戸本線、OsakaMetroを乗り継いで、淀屋橋駅で下車しました。昼食をとった後、インクルーシブ教育調査に大阪市役所を訪問しました。

 大阪のインクルーシブ教育といえば、「みんなの学校」という映画の舞台となった大空小学校が有名ですが、今回は台風21号通過直後ということもあり、市の職員の方たちも忙しそうでした。  

 大阪市教育委員会のインクルーシブ教育推進担当の山咲課長にお話を伺いました。大阪市は、「大阪市教育振興基本計画」を定めて、インクルーシブ教育システムの充実と推進を行っており、教育委員会は以下の取り組みを行っているそうです。



 まず、特別支援教育の充実の向けて、特別支援学級に在籍の有無にかかわらず、支援が必要な小中学生にさまざまな援助を行う、「特別支援教育サポーター」を小中学校に577名配置。
 教職員や特別支援教育サポーターへの助言や研修を行い、全ての人にわかりやすい環境である、ユニバーサルデザインを教育に取り入れる助言をし、関係機関との調整や保護者との関係構築などにも当たる、教員経験のある「インクルーシブ教育推進スタッフ」を拠点校19校に配置。
 医療的ケアの必要な児童生徒のために、看護師を配置。

 説明を聞いていて、かなり強烈な既視感に襲われたのですが、思い返してみると、ちょうど昨年の文教委員会の行政視察2日目が伊丹市でのインクルーシブ教育システムの調査だったのです。

 台風直下のお忙しい中、視察に応じていただいたことに深く感謝し、調査は終了しました。その後、大阪駅に戻り、スーパーはくとで鳥取の向かいました。

 台風21号の直撃のため、1日遅れの出発となった、今年の行政視察は、ます9月5日(水)朝5時23分の都営浅草線に乗車し、品川駅の集合場所に向いました。午前6時、品川駅新幹線ホームに各委員が集合し、一路新幹線で神戸に向かいました。神戸駅についた後、地下鉄を乗り継ぎ、まず兵庫県庁を訪問しました。

 兵庫県庁では、兵庫県教育委員会の人権教育課、義務教育課、体育保健課の担当の方から、今回の視察の調査項目である人権教育、食育教育について、お話を伺いました。



 まず、人権教育課の主任指導主事から兵庫県の人権教育について、説明いただきました。兵庫県の人権教育は、
①学校教育における人権教育の充実、②子ども多文化共生教育の充実、③社会教育における人権教育の充実、の3つの柱で、「学び、育て、支えるひょうごの教育」を行っているという説明でした。

 そして、人権教育の課題は、「自分の大切さとともに他の人の大切さも認めること」を態度や行動で示すことができるようにすることが目標だと話されました。

 具体的な施策では、
 ①学校教育における人権教育の充実については、教育委員会指導主事等が各学校を回って、教職員に人権教育の指導を行うこと、さまざまな人権教育資料を作成して幼稚園、各校種別学校で活用させること、学校管理職、担当教員に研修を行うこと、を実施しているということでした。

 ②の子ども多文化共生教育の充実については、日本語指導が必要な外国人に子ども多文化共生サポーターを派遣すること、芦屋市に子ども多文化共生センターを設置し、教育相談や多言語の学習教材等の作成、多文化共生にかかわる期間、団体の研修会や交流会を行っているということでした。

 ③社会教育における人権教育の充実については、人権教育推進団体への支援を行っているのだそうです。

 次に、義務教育課の担当者から、兵庫県におけるいじめの取り組みについて、お話を伺いました。

 兵庫県では、「いじめ防止基本方針」の改訂(平成29年)や相談体制の強化、いじめ対応マニュアルの改訂(平成29年)などの組織的な対応の体制強化を図るとともに、SNS等潜在化するいじめへの対応に力を入れているというお話でした。

 この施策は、「ひょうごっ子SNS悩み相談」と称して、平成30年8月1日から9月30日まで、SNS(LINE)を用いた、子どもからの相談に応じる事業なのだそうです。ふだんなかなか相談に踏み切れない子にも、身近なLINEを使うことによって容易に相談できる環境を作ろうという取り組みなのだそうです。

 各行政もいろいろ苦労されているのだなと感じました。

 最後に、体育保健課から、食育の推進事業について説明を受けました。兵庫県では、栄養教諭を中核とした食育推進を考えているようで、栄養教諭に対する研修会なども行っているというお話でした。

 人権教育は「自分の大切さとともに他の人の大切さも認めること」が核心だと考えます。これまで各自治体がさまざまな取り組みを行っていることを視察で見てきましたが、これはという正解はなく、いろいろなアプローチがあってもよいと思っています。

 私自身も今後も試行錯誤していきながら、みんなの幸せとは、という問いかけを常に発していきたいと思いました。

 兵庫県庁の視察はこれで終わり、次の視察地大阪に向かいました。(この項続く)

 2018年9月5日(水)から9月6日(木)の2日間、品川区議会文教委員会は兵庫県神戸市、大阪府大阪市、鳥取県鳥取市を訪れ、人権教育、食育教育、インクルーシブ教育、自然保育事業について現地調査を行いました。

 実は、行政視察は9月4日(火)から開始される予定でしたが、台風21号が関西、四国を直撃したため、兵庫教育大学の心の教育調査が中止となり、1日遅れの出発となりました。

 以下、順に視察の報告をいたします。

 高知龍馬空港に向かう途中、山内家墓所に参拝しました。

 この墓所(藩主墓域)は、山内家の代々の藩主15名が祭られているそうです。ただ、山内容堂だけは明治期に品川で亡くなったため、御骨は品川にあるのだそうです。

 ほとんど手入れがされていない、雑草の生い茂る荒れ果てた墓所は、「夏草や 兵どもが 夢の跡」という芭蕉の句が思わず浮かんでくるような情景でした。側道は現在立ち入り禁止となっており、中央の石階段だけが通行できました。階段の最上部に、初代山内一豊の卵塔と呼ばれる墓石がありました。



 この墓所には15名の藩主が葬られていますが、墓石の形は卵塔型、笠付型、神道式土饅頭型などと年代ごとに代わり、学問的には貴重なのだそうです。また亀趺碑なども設置されているということでした。

 この山内家墓所は平成28年に国史跡に指定され、現在土佐山内記念財団が管理しているのだそうです。早くきれいに手入れして管理しないと、山内家代々の殿様が草葉の陰で泣いているような気がしました。

 この墓所を後にして、空港に向かいましたが、搭乗予定の飛行機が欠航したため、陸路、高知駅から土讃線、新幹線を乗り継いで、東京品川に戻ったのは、午後10時近くになっていました。

 高知城歴史博物館の視察の後、徒歩でオーテピアに移動しました。
 まず、入館し、館内会議室で県立図書館館長からオーテピアについて、大まかな説明を受けました。



 オーテピアとは、高知県立図書館と高知市立図書館が、合築して建てられた全国初の図書館で、さらに、声と点字の図書館、高知みらい科学館の施設も有する、5階建ての複合施設です。そのため、館長もそれぞれ全部で4人いらっしゃる、ということでした。

 各館長のご案内で、施設を視察しました。

 まず、1階のオーテピア高知声と点字の図書館を見学しました。



 ここは、視覚に障害のある方のために、録音図書や点字図書、マルチメディアデイジー図書などが閲覧できるようになっており、視覚障害者のためのルーペや拡大読書機など機器の紹介展示コーナーもありました。



 2階から4階が、県立図書館と市立図書館が合体した、オーテピア高知図書館でした。



 全体的に木目が基調の、温かみのある、落ち着いた雰囲気の図書館でした。案内していただいた図書館のスタッフの方にお聞きしましたが、図書館の蔵書は県立、市立に分けることなく、ラベルを付けて一緒に展示してあるのだそうです。2人いる館長(県立、市立)も、業務を分けてあり、重なることはないというお話でした。



 2階には広大な一般図書や雑誌の展示コーナーのほかに、グループ室、静寂読書室、対面音訳室、共同楽習スペースなどの個別のスペースがあり、カウンターも総合カウンター、案内カウンター、調べもの案内デスク、こどもカウンターやセルフ貸出機など、さらにベビールーム、子ども用トイレ、おはなしの部屋など、至れり尽くせりで、ため息が出るほどでした。

 また、スタッフの方も終始館内を巡回し、いろいろ相談にのっているようでした。



 3階は、健康、安心、防災やビジネス、科学産業、高知資料コーナー、ことばと国際交流センターなど、やや専門的な図書が並んでいました。この階も、たくさんの人が読書をしていました。専門の医学書を見ている小学生がいたので、「将来、お医者さんになるのかい?」と声をかけた所、夏休みの宿題のために見ているのだ、という返事でした。
 夏休みのため、2階、3階は多数の親子連れが来館されており、ディズニーランド並みのにぎわいでした。

 4階は見学はしませんでしたが、ホール、研修室などがあるそうです。

 5階は、高知みらい科学館で、ここは図書館ではなく、博物館に近い施設で、宇宙・地球・科学体験ゾーン、高知の自然と生き物ゾーン、高知の科学・ものづくりゾーン、サイエンススクウェア、実験室、工作室に分かれていました。



 物理、化学、生物、地学の全ての理科の領域が、体験学習できるように構成されていて、夏休みということもあり、子どもたちが目を輝かせて、いろいろな設備にチャレンジしていました。



 実験室では、係りの方の指導で子どもたちがはんだ付けを行っていました。この施設の一番の人気はプラネタリウムで、入り口には親子連れの長蛇の列ができていました。



 このみらい科学館は、本当に素晴らしい施設でした。ここを訪れた子どもが、理科が好きになることは間違いなく、ぜひ品川区にも欲しい施設だと痛切に思いました。高知に行かれる予定のある方は、ぜひこの施設を訪問することをお勧めします。

 本日の午前中の視察はこれで終わり、昼食後、午後は「高知県立坂本龍馬記念館」を視察後、高知空港から帰京する予定でした。ところが、台風13号が東京を直撃する情勢になったため、午後の視察は中止し、急遽東京に戻ることになりました

 8月8日(水)は、まず高知県立高知城歴史博物館を訪れました。
 
 この博物館は、6万7千点におよぶ歴史資料や美術工芸品を、所有者であった元藩主の山内家から寄贈され、この寄贈品を収蔵・展示するために建てられた博物館なのだそうです。

 67000点の膨大な山内家資料は、長帳や古写真、家系図、南蛮帽や具足、カピタンの礼状、御菓子帳や絵巻、地球儀や望遠鏡など科学資料に及び、江戸時代の情報、海外との交流の歴史、地域の産業や民俗資料、江戸時代の科学や文学の資料として、大変な価値がある貴重なもの、ということでした。

 博物館長にご案内、ご説明をしていただきながら、博物館を回りました。



 まず、この博物館は高知城に隣接するため、高知城と調和するよう設計されており、建物の内装は、特産品である土佐檜の壁、土佐打刃物の装飾が施された土佐漆喰の壁、土佐和紙を使用した天井など、随所に土佐の伝統工芸品を使用した、土佐の伝統を生かす、造りになっているのだそうです。
 
 また、南海トラフ地震に備えて、主要な展示物は洪水が来ても安全な3階に展示している、ということでした。

 まず、学芸員の方が、修復、復元作業を行う作業部屋を見せていただきました。この部屋で、現在、古文書の修復が行われているそうで、さまざまな修復途中の古書や作業用具が置かれていました。



 それから、3つの展示室のある、メインフロアーの3階に行きました。展示室は、土佐の歴史の大年表、絵地図、土佐藩の歴史、幕末から明治の土佐の産業や教育に至るまで、多数の細かい資料が展示され、ひとつひとつ詳しく見ていくと、優に半日はかかりそうでした。

 これらの資料を見ていくと、薩長土肥といわれ、中央政府では土州人はそれなりに幅を利かせていましたが、高知県はあまり恵まれておらず、たとえば展示を見てみると、教育制度なども充実しているとはいい難い状況だったようです。



 三菱財閥を起こした岩崎弥太郎なども、中央で成功した後はほとんど郷里高知には寄り付かなかったようで、展示でもほとんど触れられていませんでした。
 
 また、土佐藩初代藩主の山内一豊は「やまうちかつとよ」と読むのが正しく、「やまのうちかずとよ」は誤りだそうです。
 NHKが「やまのうちかずとよ」の妻(「功名が辻」)を大河ドラマで放映したときは、高知県民から嵐のような抗議が、NHKに殺到したのだそうです。

 3階の高知城展望ロビーから、高知城と追手門が一望できました。




 さらに、山内容堂の墓所が大井公園に、板垣退助の墓所が品川神社にあり、また、復元された浜川砲台が新浜川公園に設置され、品川区と高知県は歴史的にも接点が多い、という説明でした。

 現在でも、品川区役所内に高知県のPRコーナーがあり、中延よさこい祭りに高知県のブースが出展されたり、品川区が主催した全国シティプロモーションサミット in 品川でも、高知県は積極的に参加されているそうです。

 そして、8月締結を目指して、現在、品川区と高知県の連携協定の準備が進められているというお話でした。

 高知県は現在、観光事業に力を入れており、大政奉還、明治維新から150年目にあたる平成29年、30年に、「志国高知 幕末維新博」プロジェクトを全県下25会場で、大々的に展開しています。

 地域の歴史資源を一体化し磨き上げ、さらに周辺の食や自然と組み合わせた観光クラスター(周遊コース)を整備し、たくさんの観光客に来県していただこうと努力しているそうです。



 パンフレットを拝見しましたが、なかなか魅力的で、高知は食事もおいしいので、私も時間があればぜひまた来訪したいと思いました。

 

 質疑の後、視察は終了し、県庁議会棟からそのまま歩いて入れる高知城を見学して、この日の日程は終わりました。

 8月7日(火)、区議会会派の視察としては2日目に、私も東京から合流しました。

 この日は、高知県庁議会棟で、まず、岩城高知県副知事からご挨拶をいただいた後、行宗高知県観光振興部副部長、三木文化振興課長、小笠原政策企画課長などから、高知県と品川区の連携、交流と観光施策について、説明いただき、その後質疑を行いました。



 現在、品川区と高知県は交流が活発に行われていますが、実は品川区と高知県は歴史的に深いつながりがあるのだそうです。

 江戸時代、土佐藩下屋敷は品川宿に置かれていました。そのため、ペリー来航に際して、土佐藩は立会川河口に砲台(浜川砲台)を構えましたが、この浜川砲台の礎石が平成16年に見つかり、品川区はこの礎石を高知市に贈呈し、現在高知市の「竜馬の生まれたまち記念館」に置かれているのだそうです。

 じつは私も平成19年に、この記念館を訪れていたのですが、礎石のことは全く知りませんでした。