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東京都品川区の小児科医区議会議員が、小児科外来最前線からみた品川の小児医療、子育て支援について語ります。
 平成28年が始まりました。あけましておめでとうございます。

 今年も医療・子育て-輝く品川の実現に向けて、さまざまな取り組みを進めます。
 とりわけ、ロタウイルスワクチンの助成の実現、先天性風疹症候群対策を含めた母子感染対策事業、子育て世代の健康管理のための健診事業、病児保育の拡充を含む子ども子育て支援事業の推進などに全力で取り組んでいきたいと考えています。

 昨年2期目の当選の後、医療・子育て施策の確かな前進と実現のために、自民党の議員の方々と「自民党・子ども未来」という統一会派を結成し、活動してきました。いよいよその結果が、区の次年度予算案という形でまもなく示されようとしています。

  少しでもお子さま、お母さまのために、実りある予算案になるよう、がんばります。

 5月26日(火)の第1回臨時会本会議から、私の区議会議員2期目が始まります。4月の選挙が終わって、2期を始めるにあたって、いろいろとお誘いがありました。私としては、1期と同じく、小児科医と議員活動を両立させたい、医療・子育てに全力で取り組みたい、という想いがあり、区議会自民党の議員の方々と無所属の私で、「区議会自民党・子ども未来」という統一会派を組むことになりました。

 区議会自民党はこの4年間見てきて、区政において、バランスのとれた実現性のある施策を次々と打ち出しています。自民党の方々と協力し、品川の子育て・医療がより一層輝くよう、私も力を尽くしたいと考えています。

 2011年4月、区議会議員になった私は、区議会厚生委員会に4年間所属し、全期間を通して、健康、福祉、医療にかかわってきました。

 普通区議会議員はいろいろな委員会をローテーションし、さまざまな分野、知識を勉強していきます。しかし、私は医師として十分な経験と知識を持っており、区の担当者と健康、福祉、医療について、同じ土俵で深い論議を行いたいと思ったのです。
 ワクチン、感染症対策、健康施策、救急、災害医療、食物アレルギー対応など、区の担当者とさまざまなやり取りを行いました。そして、その積み重ねも踏まえた区の健康、医療施策によって、区民のために多少なりとも貢献できたのではないかと自負しています。

 私は地方議員になる前は、学識経験者委員として、外部から区の施策に係わっていました。しかし、外部から助言、提言をするだけではあきたらず、実際に区政の中に入り、施策に直接係わるために、区議会議員になりました。

 一人の議員が(特に無所属議員が)、区政の中でできることは限られているかもしれません。しかし、そのできる範囲で、区民のために自分なりに最善を尽くし、責任を持って取り組みを行ってきたし、今後も続けたいと思っています。

 私は小児科医です。この4年間の区議会議員としての活動も、つねに子ども、保護者の方、病気の患者の方の視点に立って、行動してきました。今回、新しい政策集としてまとめた、「鈴木博の6つの行動2015」も自分なりに4年間の活動を踏まえて、打ち出したものです。

 まず、2011年に一度紹介させていただいた自己紹介文の再録から始めたいと思います。

 鈴木博は1952年(昭和27年)8月、品川区に生まれました。生家の鈴木の家は、品川区戸越の土着の家で、先祖が御殿山の尊攘志士によるイギリス公使館の焼き打ちを見に行ったとか、戦前は庭にはエノキの大木があり、五反田駅からも見えたほどで、残念ながら戦時中の空爆で燃えてしまったとか、いろいろな話を聞きました。

 大崎幼稚園、芳水小学校、麻布中学、麻布高校を経て、埼玉医科大学を卒業しました。大学時代の6年、大学病院勤務医時代の20年を除けば、ずっと品川区で暮らしてきました。

 1998年(平成10年)に埼玉の大学医学部小児科講師を退き、故郷品川に戻って来た時、私は本当に子どもと母親に優しい、小児科医の理想とする小児科クリニックを立ち上げてみたいと思いました。品川で質の高い医療を行い、さまざまな母と子どもに子育て支援が行える、小児科クリニックを作りあげてみようと決意したのです。

 鈴木博の思いを込めて開院した「鈴の木こどもクリニック」は、1998年(平成10年)11月、一般小児科診療と予防接種、乳幼児健診を始めました。鈴の木こどもクリニックは、その後は皆さまのご存じのとおりで、沢山の地域の親子にご来院いただき、順調に発展しました。

 さらに進んで、赤ちゃんの皮膚のトラブルやアトピー性皮膚炎のお子さまに対する東邦大学大森病院皮膚科専門医による「小児皮膚科専門外来」、子どものこころの問題を扱う臨床心理士の「子どもの心の健康外来」、管理栄養士が直接ご相談に応じる子どもの食物アレルギーと生活習慣病に対する「食育栄養外来」など、次々とさまざまな専門家を配した専門外来を新設し、幅広くお母さま、お子さまのニーズにお応えしてきたのです。

 クリニックの中だけでなく、院外での子育て支援にも力を注いできました。1998年開院以来、ご両親向けの「母と子どもの講演会」を毎年開催し、インフルエンザやワクチンに関する啓発を行い、教育専門の大学名誉教授や医学部準教授などの専門家も招き、特別講演も行っていただきました。また、清泉女子大学の土曜自由大学の講師として子育てについて講義もしました。

 2005年(平成17年)には病気の子どもを預かり、働く親の就労を支援する、病児保育キッズベル品川の運営を品川区の委託事業として始めました。現在までにのべ3000人の子どもをお預かりしています。

 また、保育園医や区の子育て事業にも協力、品川区の講演会の講師や「すこやかダイアリー」の編集にも協力しました。

 医師会診療所の休日診療、土曜夜間の子ども夜間診察室にも出動しています。   

 昭和大学の研修医、医学部3年生、外来小児科学会の医学部学生実習を担当し、医師、医学生の教育にもあたっています。(昭和大学客員教授に任命されています)

 品川区の男女共同参画行動計画推進会議の学識経験者委員に委嘱され、品川区の共同参画社会の実現、ワークライフバランスの実現にかかわってきました。

 育児雑誌などで、医療記事、子育て記事の監修を多数行ってきました。新聞等、マスコミの取材にも協力してきました。文教大学の地域広報誌に2年間子どもの健康について連載を行いました。

 監修書に「赤ちゃんの病気けがトラブル救急箱」「はじめての育児百科」などがあります。

 2009年度品川区功労者表彰を受賞しました。
  
 これがこの12年の鈴木博の歩みです。品川区戸越にクリニックを開業して以来、一貫して高質医療・子育て支援に邁進してきました。ひたすら、地域の母と子のために力を注いできました。


(引用終わり。この稿、続く)

 2015年が始まりました。新年、あけましておめでとうございます。

 地方議員は年賀状を出すことができないため、この場で新年のご挨拶させていただきます。


 未来に向かう子どもたちが、自信に満ちた、幸せで豊かな未来に生きることができるのか、絶望と自虐の暗黒の未来でただ生を引きずるかは、まさにこの数年の世の中の流れで決まるように思われます。

 品川の、そして日本の母と子どもが、幸せで豊かな未来を掴めるよう、鈴木博は今年も全力で行動いたします。


クリニックを始めて12年。今までにのべで約21万6千人の患者さんを診療してきました。
約2万9千回のワクチン接種を行ってきました。
キッズベル品川では、のべで約3千人の病児をお預かりしてきました。
母と子どもの講演会では約400人のご両親などに、子どもの病気などについてお話ししてきました。
12年間、休日診療、平日夜間診療、土曜診療に出動してきました。

でもまだまだ足りません。
小児科医として、母と子どものために、全力で高質医療・子育て支援に打ち込もうという、思いが続く限り、もっともっと進んでいきたい。

今、従来の活動の場に加えて、さらに区政というより大きな場で、自らの願いを実現するために、運動を推進しています。
私の想いは鈴木博の6つの実現に凝縮されています。
不幸な病気にかかる子どもを減らしたい。
夜間重病な子どもが安心して受診できるシステムを作りたい。
子どもの心の問題にやさしく対応できるシステムを作りたい。
病気の子どもを保育する病児保育を広げたい。
学び、伸びていく品川の子どもに真の教育を受けさせたい。
子育て中のご両親を心から応援するシステムを作りたい。

選挙用の美麗文句の空疎なスローガンではなく、鈴木博は12年間の自らの実践の中から、心の底からこのような課題を実現すべく、全力を尽くそうと決意しているのです。
「先生、これ以上忙しくなって、お身体大丈夫ですか?」お母さまによくご心配をいただきますが、御心配には及びません。
品川の母と子どものために、まだまだ頑張れる体力と意志力があります。

3.11東日本大震災による地震災害とそれに続く福島原発事故に伴う放射能汚染という未曽有の危機のなか、日本は今さらに大きく傾こうとしています。
このような暗い時代の中で、否このような暗い時代であるからこそ、子育て支援は明日の日本を作るために、そのための大切な種を育てる施策として、何にもまして決定的に重要なのではないでしょうか。

そのような思いで最後まで頑張りたいと思っています。

 自己紹介を兼ねて、まず私自身の歩みについてお話したいと思います。

 鈴木博は1952年(昭和27年)8月、品川区に生まれました。生家の鈴木の家は、品川区戸越の土着の家で、先祖が御殿山の尊攘志士によるイギリス公使館の焼き打ちを見に行ったとか、戦前は庭にはエノキの大木があり、五反田駅からも見えたほどで、残念ながら戦時中の空爆で燃えてしまったとか、いろいろな話を聞きました。

 大崎幼稚園、芳水小学校、麻布中学、麻布高校を経て、埼玉医科大学を卒業しました。大学時代の6年、大学病院勤務医時代の20年を除けば、ずっと品川区で暮らしてきました。

 1998年(平成10年)に埼玉の大学医学部小児科講師を退き、故郷品川に戻って来た時、私は本当に子どもと母親に優しい、小児科医の理想とする小児科クリニックを立ち上げてみたいと思いました。品川で質の高い医療を行い、さまざまな母と子どもに子育て支援が行える、小児科クリニックを作りあげてみようと決意したのです。

 鈴木博の思いを込めて開院した「鈴の木こどもクリニック」は、1998年(平成10年)11月、一般小児科診療と予防接種、乳幼児健診を始めました。鈴の木こどもクリニックは、その後は皆さまのご存じのとおりで、沢山の地域の親子にご来院いただき、順調に発展しました。

 さらに進んで、赤ちゃんの皮膚のトラブルやアトピー性皮膚炎のお子さまに対する東邦大学大森病院皮膚科専門医による「小児皮膚科専門外来」、子どものこころの問題を扱う臨床心理士の「子どもの心の健康外来」、管理栄養士が直接ご相談に応じる子どもの食物アレルギーと生活習慣病に対する「食育栄養外来」など、次々とさまざまな専門家を配した専門外来を新設し、幅広くお母さま、お子さまのニーズにお応えしてきたのです。

 クリニックの中だけでなく、院外での子育て支援にも力を注いできました。1998年開院以来、ご両親向けの「母と子どもの講演会」を毎年開催し、インフルエンザやワクチンに関する啓発を行い、教育専門の大学名誉教授や医学部準教授などの専門家も招き、特別講演も行っていただきました。また、清泉女子大学の土曜自由大学の講師として子育てについて講義もしました。

 2005年(平成17年)には病気の子どもを預かり、働く親の就労を支援する、病児保育キッズベル品川の運営を品川区の委託事業として始めました。現在までにのべ3000人の子どもをお預かりしています。

 また、保育園医や区の子育て事業にも協力、品川区の講演会の講師や「すこやかダイアリー」の編集にも協力しました。

 医師会診療所の休日診療、土曜夜間の子ども夜間診察室にも出動しています。   

 昭和大学の研修医、医学部3年生、外来小児科学会の医学部学生実習を担当し、医師、医学生の教育にもあたっています。(昭和大学客員教授に任命されています)

 品川区の男女共同参画行動計画推進会議の学識経験者委員に委嘱され、品川区の共同参画社会の実現、ワークライフバランスの実現にかかわってきました。

 育児雑誌などで、医療記事、子育て記事の監修を多数行ってきました。新聞等、マスコミの取材にも協力してきました。文教大学の地域広報誌に2年間子どもの健康について連載を行いました。

 監修書に「赤ちゃんの病気けがトラブル救急箱」「はじめての育児百科」などがあります。

 2009年度品川区功労者表彰を受賞しました。
  
 これがこの12年の鈴木博の歩みです。品川区戸越にクリニックを開業して以来、一貫して高質医療・子育て支援に邁進してきました。ひたすら、地域の母と子のために力を注いできました。

 しかし今、私は自らが決断し、次の活動へ踏み込むことが必要な時が来たと感じています。それについて、今後、詳しく述べていきたいと思います