東京都品川区の小児科医区議会議員が、小児科外来最前線からみた品川の小児医療、子育て支援について語ります。
 9月2日(土)、3日(日)は、三重県津市で開催された、第27回外来小児科学会年次集会に参加しました。外来小児科学会は小児科医の専門学会であるとともに、看護師、保育士、受付事務、薬剤師など様々な職種の方が子育て支援を行う、アドボカシ―を発表しあう実践的な学会で、参加者は毎回数千人になる、大規模な学会です。

 在宅小児医療、ワクチンの啓発、子育て支援活動など、さまざまな講演、発表を聴講しました。私自身、診療、議員活動、子育て支援活動を行っておりますが、今回の学会で得られた知識をもとに、さらに議員活動においても、さらに活動を強化していきたいと思いました。



 最終日の8月3日は、まず鹿児島市役所を訪問しました。鹿児島市議会事務局の方から、新議事堂の整備とタブレット端末を使用した電子表決システムについての説明をお聞きしました。



 鹿児島市役所は、本館、別館、東別館、みなと大通り別館の4庁舎で構成されていましたが、平成20年度に実施した耐震診断の結果、別館が耐震性能を満たしていないことが判明し、新たに西別館を新築し、議会機能がこの庁舎に移転することに決まりました。
 議事堂を整備するために、平成22年から本庁舎整備基本構想が策定され、平成25年度から新築工事が始まり、平成27年に工事は竣工しました。

 新しい議事堂には、①傍聴者に配慮した設備(車いすスペース、親子席の設置)、②難聴者用の音声伝達システムの更新、③タブレット型端末による電子表決システムの導入、④委員会室の傍聴席を増席、が計画、整備されたそうです。

 品川区でも今年度からタブレット型端末によるIT化の取り組みが始まっており、品川区側からのこれに関連した質問も多かったのですが、鹿児島市議会事務局からは、議員の抵抗もあり、まず電子表決システムを確実に運用することが肝要であるため、現時点ではタブレット型端末は電子表決のみに使用する方針という回答でした。



 説明の後、新しく完成した市議会議事堂を視察しました。傍聴席の前に、記者席までありました。

 また、理事者席側と議員席側のそれぞれに演壇があり、それぞれが向き合う配置になっていました。議員にとって、誰のために、誰と質疑するかを考えると、対面式は良い配置だと思いました。(品川区では議長の前で議員席に向かって質問するスタイルになっています。)



 また、本会議で一問一答方式の導入、本会議でも議員呼称を君から議員へ変更、請願・陳情提出者に委員会審査日を連絡、インターネットによる生中継を始めるなど、品川区でも検討すべき議会改革が次々と実行されていました。
 鹿児島市議会の取り組みは、私にとってもいろいろと参考になりました。

 鹿児島市を出た後、霧島市福山町のレストラン「壺畑」で昼食を摂りました。福山町はくろずの生産で有名な地域で、食事の後、同じ敷地にあるくろず情報館でくろずの製法、歴史などについて、説明を受けました。

 くろずは蒸し米、米麹、地下水を壺に入れて、でんぷんからブドウ糖、アルコールを経て酢酸を生成し、熟成させて作るのだそうです。地域一帯にはくろずを作る壺が整然と並んでおり、壺畑と呼ばれ、その眺めは壮観でした。



 福山町から鹿児島空港に向かい、全日空機で東京に戻りました。福山町で小ぶりの雨に降られたほかは、晴天で暑い毎日でした。しかし、2日後の8月5日(土)には、この一帯、鹿児島、屋久島は台風5号に直撃されています。

  「屋久島は月のうち、35日は雨というぐらいでございますから」と浮雲で林芙美子が書いた通り、屋久島は高温多湿のため、多種多様なコケ類やシダ類が生育し、一面大地や樹木を覆い、森林は蘚苔林とも呼ばれています。

 屋久杉の巨木が台風で倒れたり、江戸時代に伐採された杉の切り株や土埋木から杉の若木が生えたり(切り株更新)、2本の杉が途中から1本に合体したり、杉の大木の幹を覆うコケ類にナナカマド、ヒノキ、ヤマグルマ、サクラツツジなどの他の植物が着生し、「親木」に何本もまきつくなど、本州の「おとなしい」森林では見られない、さまざまな多様な生態に圧倒されました。

 特にヤマグルマは「締め殺し」とも呼ばれ、屋久杉に巻き付いて幹を伸ばしますが、絡んでいる杉を締め上げて水分を断ち、枯らしてしまうこともあるそうです。

 「ヤクスギランド」でも、ヤマグルマに幹を締めあげられた屋久杉が、締めあげられている幹の上部から新たに根を伸ばし、水分を取ろうとしている姿を目にしました。深閑とした森の中で、静かな、しかし激烈な生存競争が繰り広げられている姿に感動を覚えました。



 また、「ヤクスギランド」は静寂に包まれており、この季節ならうるさい蝉の声、野鳥の声などはいっさい聞こえませんでした。また、渓谷にトンボや魚も見られませんでした。

 屋久島にはヤクシマミドリシジミ、ヤクシマトゲオトンボなど、日本中に名が轟いている有名な昆虫が生息していますが、この周辺ではあまり昆虫をみかけず残念でした。(アオスジアゲハを目撃したくらいでした。)

 「ヤクスギランド」を散策して、屋久島の自然のすばらしさは十分認識できました。その上で、屋久島観光の最大のネックは、携帯トイレの使用だと思いました。

 水洗トイレに慣れた都会からの観光客に、いかに携帯トイレの必要性を理解させ、その使用に抵抗感を無くしてもらえるかが、公認ガイドをはじめ、観光に関係する方々の課題ではないかと思いました。

 「ヤクスギランド」を出た後は、安房地区で昼食をとり、午後は地場産業である本坊酒造の「屋久島伝承蔵」を見学しました。



 伝統的な手作り甕仕込みにこだわり、明治20年から受け継がれてきた56個の甕には、良質な酵母が住みついていること、土中に埋まっていることにより、保温に優れているため、希少価値の高い本格焼酎が生まれるのだそうです。

 芋の仕込みの時期ではないため、実際の造りは見学できませんでしたが、焼酎蔵を見て回りました。室内も室外に負けず、猛烈な暑さで汗だくになりました。

 屋久島伝承蔵を出た後は、「屋久島世界遺産センター」を訪問しました。隣接する屋久島環境文化研修センターに宿泊している中学生が多数見学に訪れており、一緒に展示を見て回りました。



 その後、小型バスで空港に向かい、屋久島空港から日本エアコミューター機で鹿児島空港に戻り、同日は鹿児島市内に宿泊しました。

 8月2日(水)は小型バスでホテルを出発し、まず「紀元杉」を見学しました。「紀元杉」は安房林道沿いにあり、バスから降りてみることができる巨大屋久杉です。
 「紀元杉」はその名の通り樹齢3000年以上の古木ですが、驚いたことに幹の周囲(胸高)は8mもありますが、高さ(樹高)が20mぐらいしかなかったことです。



 同行された屋久島公認ガイドの方のお話では、屋久島では台風を始め、強風が吹くために、杉の巨木はある高さになると幹が折れて、高く幹を伸ばすことはできないのだそうです。
 また一面苔むしていてこの苔を土壌代わりに、ヒノキ、ヤマグルマ、ヤマシャクナゲなどが幹から生えていて(着生)、土の上の木と同じように枝を伸ばしていました。

 今回同行された屋久島公認ガイドは、屋久島町が平成18年から運用を開始した、観光振興および環境保全のために認定した、有料で観光客に案内したり、解説したりする人の事です。
 現在約80名が活動しており、私たちに付いていただいた公認ガイドの方も、もともとは横浜市から移ってこられたということでした。

 一般に「屋久杉」と言われる杉は標高500m以上の山地に生えている、樹齢1000年以上の天然杉を指し、それより若い天然杉は「小杉」、海岸近くの植林された杉は「地杉(じすぎ)」と地元では呼び分けているのだそうです。



 「紀元杉」を見学した後、「ヤクスギランド」に行きました。「ヤクスギランド」は遊園地ではなく、安房川の支流荒川の上流地帯にある自然休養林です。世界自然遺産エリアには入っていないそうです。

 入口を入ると、名前からイメージできない清浄で静逸な、苔むした木々がうっそうと続く、神話の世界のような森林でした。アニメ映画「もののけ姫」は、この「ヤクスギランド」周辺がモデルとなったということでした。(続く)



 屋久島は、昭和29年文化財保護法により、特別天然記念物屋久島スギ原生林に指定され、昭和50年には自然環境保全法により、屋久島原生自然環境保全地域にも指定されました。
 さらに平成に入って、平成4年に国有林野管理経営規程により森林生態系保護地域に設定され、平成24年に島の40%が屋久島国立公園に自然保護法により指定されました。

 そして、平成12年12月には、島の21%が世界自然遺産に登録されたのです。
 屋久島の持つ、①島嶼ながら標高2000mlに迫る山岳地帯から海岸線に至る、際立った標高差、②樹齢3000年におよぶスギを含む原生的な自然林の存在、③絶滅危惧種172種、固有種94種を含む1900種以上の多彩な植物群、が高く評価されたということでした。



 特に植生の垂直分布では、海岸線では鹿児島と同じ植物系ですが、標高1500m以上では、北海道に生息する寒冷地の植物がみられるのだそうです。

 屋久島町はこれらの様々な法律による保護・保全策を援用し、観光振興と環境保全のバランスを取りながら、さらに持続可能な観光地作りを目指しているということでした。
 また、平成28年5月に爆発的噴火のため、全島避難となった、口永良部島の復興も図っていきたいというお話でした。
 実際の屋久島における山岳観光の具体的な事業展開は明日視察することになり、本日の視察は終了しました。
 
 

 この日は宮之浦地区のホテルに泊まりました。宿舎は、むかし修学旅行で泊まった旅館を思い起こさせるようなホテルでした。